押印について(その2)

今般、テレワークの推進の障害となっていると指摘されている、民間における押印慣行について、その見直しに向けた自律的な取組が進むよう,押印についてのQ&Aが作成されました。問1から問3については別の記事にてご紹介しております。

 

問4.文書の成立の真正が裁判上争われた場合において、文書に押印がありさえすれば、民訴法第 228 条第4項が適用され、証明の負担は軽減されることになるのか。

・ 押印のある文書について、相手方がその成立の真正を争った場合は、通常、その押印が本人の意思に基づいて行われたという事実を証明することになる。

・ そして、成立の真正に争いのある文書について、印影と作成名義人の印章が一致することが立証されれば、その印影は作成名義人の意思に基づき押印されたことが推定され、更に、民訴法第 228条第4項によりその印影に係る私文書は作成名義人の意思に基づき作成されたことが推定されるとする判例(最判昭 39・5・12民集 18 巻4号 597 頁)がある。これを「二段の推定」と呼ぶ。

・ この二段の推定により証明の負担が軽減される程度は、次に述べるとおり、限定的である。

① 推定である以上、印章の盗用や冒用などにより他人がその印章を利用した可能性があるなどの反証が相手方からなされた場合には、その推定は破られ得る。

② 印影と作成名義人の印章が一致することの立証は、実印である場合には印鑑証明書を得ることにより一定程度容易であるが、いわゆる認印の場合には事実上困難が生じ得ると考えられる(問5参照)。

・ なお、次に述べる点は、文書の成立の真正が証明された後の話であり、形式的証拠力の話ではないが、契約書を始めとする法律行為が記載された文書については、文書の成立の真正が認められれば、その文書に記載された法律行為の存在や内容(例えば契約の成立や内容)は認められやすい。他方、請求書、納品書、検収書等の法律行為が記載されていない文書については、文書の成立の真正が認められても、その文書が示す事実の基礎となる法律行為の存在や内容(例えば、請求書記載の請求額の基礎となった売買契約の成立や内容)については、その文書から直接に認められるわけではない。このように、仮に文書に押印があることにより文書の成立の真正についての証明の負担が軽減されたとしても、そのことの裁判上の意義は、文書の性質や立証命題との関係によっても異なり得ることに留意する必要がある。

 

「二段の推定」とは要約すると「実印でも認印であっても法律上の扱いは同じ。ただし、実印の場合は印鑑証明書によって本人のものだと立証できるが、認印の場合はそういう立証方法がないから、争われたら立証が難しい」ということが書いてあります。

 

 

問5.認印や企業の角印についても、実印と同様、「二段の推定」により、文書の成立の真正について証明の負担が軽減されるのか。

・「二段の推定」は、印鑑登録されている実印のみではなく認印にも適用され得る(最判昭和 50・6・12 裁判集民 115 号 95 頁)。

・ 文書への押印を相手方から得る時に、その印影に係る印鑑証明書を得ていれば、その印鑑証明書をもって、印影と作成名義人の印章の一致を証明することは容易であるといえる。

・ また、押印されたものが実印であれば、押印時に印鑑証明書を得ていなくても、その他の手段により事後的に印鑑証明書を入手すれば、その印鑑証明書をもって、印影と作成名義人の印章の一致を証明することができる。ただし、印鑑証明書は通常相手方のみが取得できるため、紛争に至ってからの入手は容易ではないと考えられる。

・ 他方、押印されたものが実印でない(いわゆる認印である)場合には、印影と作成名義人の印章の一致を相手方が争ったときに、その一致を証明する手段が確保されていないと、成立の真正について「二段の推定」が及ぶことは難しいと思われる。そのため、そのような押印が果たして本当に必要なのかを考えてみることが有意義であると考えられる。

・ なお、3Dプリンター等の技術の進歩で、印章の模倣がより容易であるとの指摘もある。

 

「二段の推定」については問3の通り。

また、3Dプリンター等で印章の模倣が簡単に行われようならば認印による押印をすることにどれだけ意味があるのでしょうか。ということを考えさせられる内容です。

 

 

問6.文書の成立の真正を証明する手段を確保するために、どのようなものが考えられるか。 

・ 次のような様々な立証手段を確保しておき、それを利用することが考えられる。

① 継続的な取引関係がある場合

取引先とのメールのメールアドレス・本文及び日時等、送受信記録の保存(請求書、納品書、検収書、領収書、確認書等は、このような方法の保存のみでも、文書の成立の真正が認められる重要な一事情になり得ると考えられる。)

② 新規に取引関係に入る場合

契約締結前段階での本人確認情報(氏名・住所等及びその根拠資料としての運転免許証など)の記録・保存本人確認情報の入手過程(郵送受付やメールでの PDF 送付)の記録・保存文書や契約の成立過程(メールや SNS 上のやり取り)の保存

③ 電子署名や電子認証サービスの活用(利用時のログイン ID・日時や認証結果などを記録・保存できるサービスを含む。)

・ 上記①、②については、文書の成立の真正が争われた場合であっても、例えば下記の方法により、その立証が更に容易になり得ると考えられる。また、こういった方法は技術進歩により更に多様化していくことが想定される。

(a) メールにより契約を締結することを事前に合意した場合の当該合意の保存

(b) PDF にパスワードを設定

(c) (b)の PDF をメールで送付する際、パスワードを携帯電話等の別経路で伝達

(d) 複数者宛のメール送信(担当者に加え、法務担当部長や取締役等の決裁権者を宛先に含める等)

(e) PDF を含む送信メール及びその送受信記録の長期保存

 

上記記載の通りを推奨しているようです。